日本の私大文系に数学は不要? 「文理選択」がもたらす功罪
こんにちは、masaです。
連日の猛暑で、ひたすらに体力が奪われる日々ですね。
皆さんは体調など大丈夫でしょうか。まだしばらく、猛烈な暑さが続きそうなので、体調に気を付けていきましょうね!
今回は、以下のような記事を拝見。日本特有の「文理選択」という制度の問題点について指摘されています。
世界的に見ても、日本人の「数学嫌い」は群を抜いて多いそうです。
日本の数学教育の大きな失敗が、「数学嫌いが顕著」であるという点。
原因は様々あると思われますが、この記事の中でも取り上げられている高校での「文理選択」が、大きな要因の一つになっているのではないかと考えられます。
高校の早い段階での文理選択に問題が?
多くの高校では、1年生の秋ごろに「文理」を選択させ、2年時から科目選択を実施させます。
しかし、この段階で将来についてしっかりと考えを持っているかと言われれば、ぶっちゃけ微妙な感じです。
「将来は世界文学を勉強したい」とか「生態環境の調査をしたい」といった、具体的な理由に基づいて文理を選択するというよりは、
「数学が得意だから理系」とか、「数学は全くできないので文系」とか、得意不得意で文理を選択してしまうケースがほとんどです。
結果、文系から理系へシフトしたい場合でも軌道修正できないケースが出てきたり、逆に理系に進んだとしても、学びたい学部が見つからず、結局文系科目に絞って大学を受験するケースが出てきたりします。
要するに、高校生の早い段階で、文系理系を決定させるのは、無理があるのではないかと考えています。
日本の数学教育の功罪
これは、記事の中で紹介されている、数学に対する大学生へのアンケートのコメントです。
「確かに、試験の点数を取ることを考えるとマークシート式のほうが便利かも知れません。しかし苦手な者でも、本心では時間を掛けてでも数学を本当によく理解したいのです。『苦手な者は理解する必要はなく、答えの当て方だけ覚えて試験をパスすりゃいいじゃないか』という、苦手な者をバカにする態度がなくならない限り、大多数の生徒が数学好きになることはないと思います。理解の遅い生徒にマッチした教育体制もとれるように、日本の制度を変えてほしいです」
ここに、本来あるべき数学教育の姿が見えてきました。
日本の数学教育(他教科についても)の大きな特徴は以下の通り。
- とにかくカリキュラム通りに進める
- 一方的に説明する。テストで問題が解けることを重視
- 生徒の理解力の差は全く考慮されない
しかし、上の大学生のアンケートにある通り、
「本当は数学を理解したい気持ちがある。しかし、授業はどんどん進むし、勉強内容が多くなりすぎて、途中でついていけなくなる。だから、数学が嫌いになる」
という、数学に対する思いを打ち消してしまう教育制度になってしまっていることが大問題。
「そんなの、自分の努力で何とかすればいいじゃないか」
という意見も聞こえそうですが、それはその人自身数学が得意だったり、理解に苦しむような経験を自分の努力で乗り越えられてきた人です。
どう頑張っても、数学を理解することに苦しんで乗り越えられない生徒がいるからこそ、数学教育が必要になってくる。
私大文系の入試制度を今すぐ見直すべき
そして、私が何度も主張しているのが「入試制度」の見直し。
特に、私立文系の場合は入試に数学が問われることがほとんどないので、高校の単位さえ取れれば、数学を勉強せずとも大学生になれます。
これからの時代、ますます数学の力が大切になっているはずが、私立文系を選択することによって「数学を勉強しなくてもいい」状況になってしまう。
これが、「文理選択」の功罪であり、「入試制度」がもたらす弊害です。
- 大学入試は、基本3教科(英数国)を必須にすべき
- 文理に分けるなら、文系は数学Ⅱまでを必須にすべき
という考えが、私の中にはあったりします。
そのために、これからの数学教育は、カリキュラム重視の「進める教育」から、個々の理解力に合わせた「個別教育」にシフトすべきです。
現状、一斉授業型では解決できない部分も多いですけどね。
きっと、日本がこのような流れになるのは、まだまだ遠い将来のような気がしています。